不動産鑑定士という資格をご存じの方はあまり多くはないと思いますが、弁護士、公認会計士と共に文系3大資格の一つと言われている資格です。
私も、不動産業に携わる人間として、不動産の本質を理解しようという思いから、6か月間本気で勉強しました。全力で集中した時間として毎月約300時間、開業準備などもあったのですが、累計としては6か月で1,700時間は勉強したと思います。結果として試験には落ちてしまったのですが、不動産の本質を学ぶという意味では大変勉強になりました。
この不動産鑑定士の勉強を通じて学んだ不動産の知識は逐次コラムでご紹介させて頂こうと思いますが、今回はこの不動産鑑定士の勉強を通じて学んだ勉強におけるコツについてお伝えさせて頂きます。
不動産鑑定士試験の特徴
まずは、不動産鑑定士試験の概要について簡単にお伝えさせて頂きます。なぜあえて不動産鑑定士試験の概要についてお伝えするのかというと、不動産鑑定士の勉強において必要とされる要素が勉強の本質と非常に近いものだと考えているからです。
不動産鑑定士の試験科目は4科目あります。不動産の鑑定評価に関する理論、経済学、民法、経済学の4つで全て論文です。この中でも不動産の鑑定評価に関する理論は配点の半分を占めており、この科目を攻略しない限り合格は難しいです。
そして、不動産の鑑定評価に関する理論の勉強においては、暗記が不可欠です。
これは具体例で説明させて頂きたいのですが、不動産の鑑定評価の問題では、「商業地域にある借地権が設定された築古のビルの鑑定評価はどういった形で行えばよいか?」といった問題が出題されます。
この問題における回答としては、まず「商業地域」や「借地権」の定義を鑑定評価基準から引用し、論文の冒頭に記載しなければ高得点を望むことができないのです。
なぜなら、不動産の鑑定において必要とされる不動産の分類が頭に入っていなければ、画一的に不動産の鑑定評価を行うことができないからです。
「商業地域」という言葉にも鑑定評価基準上にはしっかりとした定義があり、その定義に基づいて鑑定評価を行うことが必要なのです。
ちなみに、不動産鑑定評価基準は約10万文字あり、合格ラインに到達するためには、少なくとも6割の正確な暗記が必要と言われています。朝日新聞、読売新聞の朝刊の文字数が大体10万文字ですから、どれぐらい暗記すべき内容が多いのか、何となくイメージできるのではないかと思います。
簡単に言ってしまうと、不動産鑑定士は「暗記試験」なのです。そして、「暗記試験」であるからこそ、勉強の本質について深く理解することが出来たのだと個人的に考えています。
それでは、勉強中に感じた実体験なども踏まえつつ、勉強のコツについてご紹介させて頂こうと思います。
最初の壁はすぐに表れた
勉強開始後、最初の壁は勉強の開始後すぐに訪れました。それは、暗記が先か、理解が先かという問題です。
私は勉強においては理解を重視し、暗記は必要ないと考えていました。その考え方があったので、今回も理解をしながら勉強を始めよう、と決意し、理解を中心とした勉強イメージを作ります。
しかし、勉強を進めていくうちに、疑問が生じます。
不動産鑑定評価基準は普通に生活している中ではまず出会わないものであり、とっかかりが何もない(分かっていると言えることがない)ことから、何をもって理解したと言えるのかが分からなくなってしまったのです。
過去問を解きながら模範解答の内容を理解しようとするのですが、「何をどこまでやれば理解と言えるのか」が分からず、途方に暮れてしまいました。
サラリーマンの方でも、今やっている仕事の意味が分からず、上司に怒られた経験は誰しもあるのではないかと思います。初めてのことだと、当たり前がないため、何をすれば良いのか分からなくなってしまうのです。その世界においては理解が何なのかというイメージも持つことができません。
理解するとはどういうことなのか?
そこで私は、鑑定士の勉強を進めながら理解するとはいったいどういった状態なのかという点についてずっと考えました。理解という抽象的な言葉を理解しようとしても良いアイディアが浮かばなかったので、具体例と共に「理解している状態」とは何か考えてみました。
その際にテーマにしたのが「人間」です。ここでコラムを読むのを少し止め、考えて頂きたいのですが、人間を理解しているとは、どういった状態のことなのか言葉で説明できるでしょうか?
中々難しいのではないかと思います。私も初めは何をもって人間を理解したと言えるのか分からなくなってしまいまい、理解するとはどういうことか考えると同時に、なぜ理解するのが難しいのかという点についてもずっと考えていたのですが、ある時に一つの答えが浮かびました。
それは、「理解」している状態というのは、目的によって異なるということです。具体例で説明させて頂きます。
例えば、人間と一言でいっても、「医学的な見地からみた人間(細胞などの観点)」なのか、「心理学の見地からみた人間(コミュニケーションの観点)なのか、「人類学の見地(人種による観点)」によって、「理解」の意味するところは全くと言って良いほど異なります。
つまり、理解するということは、理解する目的があるのです。
この概念が理解できると、これから勉強する時、「自分は今回の勉強で何がどうなった状態を持って理解と言えるのか」という自問自答ができるようになり、結果として勉強の効率が高まると思います。私の場合は、「白紙の状態から合格点が取れる回答を書く」ことが不動産鑑定評価基準を理解したことだと位置づけました。
上記の仕事の例も同じです。上司から仕事を振られたら、その仕事の真の目的をまずは捉えなければいけないのです。目的、つまりゴールが分かればやるべきことが見えてくるのです。
すぐに訪れた次の壁
理解することにはそれぞれ目的があることが分かり、その後、不動産鑑定士における理解とは「試験に合格できる状態」が目的であると設定しました。そして、目的を設定した上で改めて勉強を進めていたところ、次の壁にぶち当たります。
それは、理解のレベルにまで到達するためにはどういった進め方をするのが効率的なのかということです。今回の場合は、「合格答案を書くことができるようになる」ための最短経路は何か考えることです。
そして、理解するための最短経路が何かを考えるということは、何をもって理解したと言えるかという点が非常に重要だと考えました。理解には目的があることに加え、どういう状態が理解した状態なのか、「理解」を構成する要素を分解するようなイメージです。
つまり、不動産鑑定士試験の場合、「不動産鑑定士試験に受かる論文が書ける状態」になることが理解している状態と設定していたのですが、書ける状態の具体的なイメージを膨らませようと思い、違う例で理解している状態とは何かを整理してみることにしました。
そこで、具体例を考えてみることにしました。例えば、「りんご」を理解するためには何が必要なのかということについて考えてみました。ここでは小学校の先生として子供に教えることができる状態を「りんごを理解した」状態と位置付けます。
そして、この目的の下で「りんご」を理解するためには、「赤い」「硬い」「水分」「丸い」といった言葉を理解している必要があることが分かると思います。
ここで一つの結論が自分の中で導き出されました。それは、「理解」するということは、概念レベルにある抽象的な事象が、自分の身近の具体的な事象と繋がった状態。ということです。
言い換えると、身近な具体例と共に言葉で相手に説明することが出来る状態なのだと考えました。
つまり、理解するということは、自分の常識の世界と結びつけるということなのです。
理解とは、①目的があり、②抽象的な概念を身近な言葉で表現できること。
色々と考えた結果、この考え方が重要なのだという結論に到達することができました。
そうすると、理解するために必要なことが何かわかってきます。それは、自分で説明できる言葉のストックを増やすこと。すなわち、暗記することなのです。
更に、理解するということは抽象的な概念を自分が知っている言葉に結びつけるわけですから、自分が知っている言葉が多ければ多いほど、抽象的な概念を多角的に理解することが出来るようになるという結論も導き出されます。
例えば、りんごを更に深く理解するためには、丸いという言葉に加えて楕円という言葉を知っている方が良いですし、赤いという言葉に加えてダークレッド、ワインレッドという言葉を知っている方が良いのです。
勉強において必要なこと
上記において、理解と暗記の関係についてお伝えさせて頂きました。そして、検討の中で一つの結論が導かれました。
それは、理解の前にまず暗記をすることが大切ということです。
書籍などで、試験は暗記が大切と言われていますが、まさにその通りです。暗記しない限り、理解はないのですから。
理解というのは抽象的な事象の概念操作を行うことですから、概念を操作するためには自分で腑に落ちる言葉を増やさなければいけないのです。
りんごも抽象的な概念であり、その概念操作をするためには自分で腑に落ちる言葉を増やさないといけません。
不動産鑑定評価基準における「借地権」という言葉をしっかりと理解するためには「土地」「物権」「債権」「民法」などの言葉の意味を理解している必要があります。
暗記を効率的に行うために
ここまでの説明で、勉強においてはまず暗記が必要ということを説明させて頂きました。次に、どうやれば暗記を効率的に行うことが出来るのかという方法論についてご紹介させて頂こうと思います。
結論としては、効率良く暗記するには繰り返すこと。これに尽きると考えています。
では、なぜ繰り返すことが重要なのでしょうか?その背景について考えてみようと思います。
なぜ覚える必要があるのか?
理解をするためには暗記は不可欠なのですが、そもそもの問題として、人間はなぜ覚える必要があるのかという点を考えてみましょう。
原始時代を想定してみて下さい。原子時代に2人の人間がいたとしましょう。この2人のうち、1人は過去の出来事を記憶する能力を持っており、もう1人は過去の出来事を記憶する能力を持っていないと仮定します。すると、過去の出来事を記憶する能力を持っていない遺伝子を持った人はおそらく絶滅してしまったと考えることができます。
なぜなら、1回危険な目にあった場合、次にもう一度同じ危険がおとずれた場合に、1回目のことを忘れていたら危険を避けることができないからです。
少し極端な論理かもしれませんが、記憶というのは生き残るために必要不可欠な情報だと考えることができるのです。
言葉よりもイメージの方が覚えやすい理由
そう考えると、言葉よりもイメージの方が覚えやすいということも説明がつきます。
蛇という言葉を理解するのではなく、蛇の姿を目に焼き付ける方が生き残るためにはずっと重要だからです。だからこそ、イメージは簡単に記憶することが出来るのです。
また、感情を揺さぶられた情報の方が記憶に残りやすいということも上記で説明することができます。
自分が蛇に襲われた時と自分が木の実を取っている姿、どちらが生き残るために重要な情報といえば、前者であることは明らかです。人間は、感情が揺さぶられると、その情報は生きるために重要な情報と捉え、記憶しやすくなるのです。
記憶法の本を見ても、イメージを活用して記憶する、であったり、感情の振れ幅を大きくして記憶する、といった記憶法は定番の内容として記載されています。こういった対策は効果があると思いますが、個人的にはこういった記憶法に頼らない方が良いと考えています。
なぜなら、こういった記憶法は続かない可能性が高いからです。なぜ続かないのかというと、感情が揺さぶられると体が疲れてしまうからです。毎日テンションを最大にし、生命の危機を感じながら記憶できれば良いですが、それを続けるのは至難の技です。そもそも勉強を継続すること自体、強いモチベーションが必要とされるのですから、感情を高めて勉強をするということはこのハードルを更に高くするということに他ならないのです。
勉強は毎日の継続が肝ですから、80%のモチベーションを維持できる体制を整える方がずっと大切なのです。
効率的な暗記方法
それでは、イメージや感情に頼らないで効率的に記憶するためにはどうすれば良いのかという点について考えてみましょう。
再び原始時代の例で考えてみます。ある人は、新しく出会うものに対して全く警戒をしない人、そしてもう1人は新しく出会うものに対して警戒をする人だとします。
この場合、現代まで生き残ることができるのは、後者の警戒を怠らない人である可能性が高いですね。例えば、蛇を初めて見て全く警戒しない人は蛇にかまれてしまいます。
つまり、1回目に接した情報に対しては、人間は警戒心を持っているため、頭の中にその情報が入ってこないと考えることができるのです。違う言い方をすると、頭がその情報を受け入れないよう警戒態勢を引いていると考えることができるのです。
そうすると、繰り返し同じ情報に接することが重要という結論が導き出されます。試しに、ある本を2日にわけ、30分ずつざっくりと読んでみて欲しいのですが、1日目と2日目には内容が頭の中に入ってくる程度に大きな差があることを実感できるのではないかと思います。
そして、頭の中に入れた情報は、睡眠というステップを経て、頭の中にすでに入っている情報と有機的に結合します。
個人的には、起きている段階で新しく仕入れた情報は短期記憶というメモリーに詰め込まれ、そのメモリーが睡眠に合わせて長期記憶の領域に落とし込まれ、それぞれの情報が有機的につながっていくのではないかと考えています。
勉強していると、「もうこれ以上頭に入らない」という状況になることがあると思いますが、それは短期記憶のメモリーが一杯になってしまっているからと考えることができるのではないかと思っています。
短時間でも良いので、とにかく毎日回す
これも大変重要なポイントです。短期間で複数回接触した情報は、忘れにくくなります。居酒屋で店主に顔を覚えてもらうための有効な方法は、コンスタントに5回通うのではなく、3日間毎日通うことです。
3日間、毎日通えば覚えて貰えるのは当たり前と考える方もいらっしゃるかもしれませんが、事実としては5回通った方が接触回数は多いですよね。記憶するためには回数も重要ですが、その頻度も同様に大変重要なのです。
これは理屈ではないのですが、記憶に関しては底なし沼のような例えが分かりやすいのではないかと思います。何か新しい言葉を覚えた時、その言葉は底なし沼から抜け出した状態です。ただし、抜け出した後に何もしないと、どんどん埋まっていってしまいます。そして、一度深い部分にはまってしまうと、改めて抜け出すのには大きな力が必要になります。
一方、一階底なし沼から抜け出した後、沈まないようにもがいていると、足元の沼がコンクリートが固まるように凝固していき、どんどん沈みづらくなるというイメージです。
1回見ただけでは大切ではないが、1回出会ってからすぐに合った情報は、信頼できる情報と脳が判断するのでしょう。
教えるとは
最後に、上記の記憶と理解のメカニズムをベースに、教えるということはどういうことなのかお伝えさせて頂こうと思います。
教えるとは、生徒の頭の中にストックされている情報と、理解するべき高度な概念を結びつける間の情報を提供すること。だと考えています。
具体例で考えてみましょう。不動産鑑定評価基準には、以下のような言葉があります。
不動産の地域性:不動産は、他の不動産とともにある地域を構成し、その地域の構成分子としてその地域との間に、依存・補完等の関係に及びその地域内の他の構成分子である不動産との間に共同・代替・競争等の関係にたち、これらの関係を通じてその社会的及び経済的な有用性を発揮するものである。
地域の特性:地域には、その規模、構成の内容、機能等に従って各種のものが認められるが、そのいずれもが、不動産の集合という意味において、他の地域と区別されるべき特性をそれぞれ有するとともに、他の地域との間に相互関係にたち、この相互関係を通じて、その社会的及び経済的位置を占めるものである。
一読しただけでは本当に意味不明な文章ですよね。私は全く意味が分からなかったのですが、学習を進める中でこのような意味だと理解することができました。
不動産の地域性:銀座にあるビル(シャネルがテナントのビルとしましょう)は、他の商業ビル(ブルガリがテナントのビルとしましょう)と一体として存在することによって、銀座という地域として認知され、このシャネルが入っている商業ビルは、「銀座にあるシャネルのビル」というブランド価値が与えられると共に、そのビルの存在が逆に銀座というブランドを構成する一助となっている。そして、この商業ビルは他の商業ビルと一体として活用されることもあれば、テナントの奪い合いとして使われることもあるが、このような他の不動産との関係を通じて不動産はその価値を発揮する。
地域の特性:銀座という地域のみならず、田園調布、新宿、渋谷など、様々な機能を有する地域が存在するが、それ単独で存在するのではなく、他の地域との関係をもって価値を発揮するものである(田園調布が北海道の奥地にあったら、その価値はほとんどなくなりますよね。田園調布は新宿、渋谷という他の都心地域と近いにもかかわらず、閑静な住宅が並んでいるという意味で、その価値を十分に発揮するのです。)
このように具体的な例を考えながら考えていくと、ぐっとイメージが湧きやすくなるのではないかと思います。先生を選ぶさいには、どこまで分かりやすく説明できるかを判断すると良いのではないかと思います。
まとめ
理解するとは、抽象的な概念を自分が知っている言葉の世界に落としこむこと
自分が知っている言葉を増やすほど、重層的な理解が可能
そして、理解するためには、その前提となる暗記(言葉のストックの増加)が不可欠
暗記を効率的に進めるコツは、毎日その情報に触れ続けること。その際にはざっくりとした理解で構わない